復讐
「ところで、幸治君はさ、これを見てなんとも思わない?この名前に聞き覚えはないかい?」

三井慎二は言った。

「え、名前ですか?」

幸治は、自分の記憶を辿った。

しかし、その答えに辿り着くのに、それ程時間はかからなかった。

何故なら、裁判所で嫌になる程それを聞いたことがあったからだ。

「みついしんじ。三井…そうか、あんたは…。だから、安田さんは僕を気遣って」

「そうだよ。お前の目の前でへらへらしてる、そいつがお前の母親を殺した犯人だ」

安田はそう言うと、煙草に火を着けた。

幸治は、緊張と動揺から体が小刻みに震えはじめた。
ぎゅっと握った手の平からは汗が滲みだし、口の中は渇き、目は焦点を見失った。

「やっと、気付いたか。で、本題に移るけど。なんで僕がここに来たか…」

「…さい」

幸治は、自分の感情を抑える為か、それともただ単に上手く声が出せないせいか、呟くような小さな声で言った。

「うるさい。帰ってくれ」

三井は、一瞬怯んだように見えたが、それでも尚も体を乗り出し、幸治に言った。

「いや、そうはいかないよ。君にはなくても、僕には言わなければならないことがあるんだ」

「なんだよ」

「僕はやっていない」

それを聞いた瞬間、安田は勢いよく立ち上がり、三井の胸倉を掴んだ。

「てめぇは、まだそんな事言ってんのか。いい加減にしろよ。てめぇは、酔っ払って意識がなかったからそんな事言ってんだよ。犯人はお前だ。第一、出所したんだからもういいだろ。今さらなんだってんだよ。さっさと帰れ」

そう言われると、三井は幸治を見た。

幸治は、彼の視線から逃げるように目を反らせた。
「帰ってくれ」

三井は、さすがにこれ以上は無理だと見ると「気が変わったら連絡をくれ」と言い残し、去って行った。

幸治は頭が混乱し、それからの一日は、抜け殻のようになってしまい、これでは仕事にならない、と感じた安田は、彼を早々に帰宅させた。
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