復讐



「…という訳なんだが」

安田はそう言うと、深く溜息をついた。

電話口から聞こえてくる安田の声は、幸治がいなくなったことが余程堪えたのだろう、覇気がなくまるで病人のようなトーンになっていた。

「まぁ、彼も大人だったと言う訳だ」

三井は、落ち込んだ安田を鼻で笑った。
そして「大丈夫ですよ。彼も成人した男性なんですから。待ちましょう」と言い、電話を切った。

三井の住まいは、板橋駅から歩いて程ない所にある。
6畳一間の古いアパートで、家具といえばパイプベッドとパソコン机と難しい本が並べられた本棚だけの殺風景な部屋だ。

台所のシンクの中には、使い終わった食器からコンビニ弁当の容器まで、様々なものがただ突っ込まれている。
二口あるガス台に至っては、片側にヤカンが置いてあるだけで、これといった調理器具はない。

何故こんなに汚いのかと彼に聞けば、時間がないからだと答えるだろう。

出所してから一年、彼は焦っていた。

それは、失った時間を取り戻したいという思いからに外ならない。

身に覚えのない罪を着せられ、3年間も刑務所で暮らした。

そして、やっと出所したと思ったら、編集部はクビになり、友人達も音信不通になり、当然当時暮らしていたアパートも解約される始末だ。

彼は、3年間を棒に振っただけでなく、元の生活すら奪われてしまったのだ。

出所後暫くは、静岡の実家に帰り、家業の和菓子屋を手伝い、暮らしていた。

しかし彼は、そんな暮らしに満足できず、自分を陥れた犯人を捜し出す決意を固め再び上京した。

そして身分を隠し、安定した収入の得られないフリーライターという仕事に目を向けたのは、もともとスポーツライターの仕事をしていた彼としては、当たり前の選択だった。

当然、フリーライターをしていれば、なにかと情報も入手しやすいだろう、という憶測も踏まえた上での選択だったのだが。
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