box of chocolates
 今まで、何でも話していたし、隠し事はしたくなかった。でも、今回ばかりは言えなかった。
「まぁ、いいや。ドライブをしよう」
 彼は、そう言って車を走らせた。
「ごめんね、杏ちゃん」
 しばらく走ってから、私の手を強く握った彼は申し訳なさそうに言った。
「杏ちゃんが逃げ出したいくらい辛い思いをしているのに。気のきいた言葉もかけてあげられない」
「いいの」
「手を握ることくらいしか、できないよ」
「それで、いい」
「話してくれたら、少しは楽になるんじゃないかな」
 私は、また口を閉ざした。
「オレにも話せないような悩み?」
「貴大くんはただ、隣にいてくれたらいい」
 そう応えると、彼も黙ってしまった。お互い無言のまま、車は夜の帳の中を進んだ。どこかのラジオ局のDJが明るい声で曲の紹介をしていた。
「そろそろ帰る? それとも朝まで一緒にいる?」
「朝まで一緒にいたいけれど、親が心配するから」
「わかった。ちゃんと送っていくよ」
「嫌だ。帰りたくない」
「また、困らせるんだから」
 本当に困っているのかわからない、優しい口調で貴大くんが言った。車は、自宅マンションの方に向かって走った。お互い無言のまま、ラジオだけが賑やかに響いた。
「帰ってきたけれど、どうする?」
 マンションの駐車場に車を止めた彼が聞いた。
「帰りたくない」
「そうか。じゃあ、朝まで付き合うよ」




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