box of chocolates
逃亡
食事会が終わり、みんなでロビーに出た時、私は隙をついて逃げ出した。
「杏、どこに行くの?」
 微かに聞こえた八潮さんが私を呼ぶ声。それを振り払って、追いつかれないようにして、最寄り駅まで走った。最寄り駅に着いて、乱れた呼吸のままベンチに座り、貴大くんに電話をした。何も知らない電話口の彼は、明るい声だった。声を聞いたら安心して、何も言えずに、ただ涙だけが流れた。
『杏ちゃん? どうした? すぐに車で迎えに行くから、どこにいるかだけ、教えてくれる?』
 私は、絞り出すような声で駅の名前を伝えた。
『わかった。着いたら電話をするよ。今すぐに行くから』
 切れてしまった電話を握りしめながら、私は、彼が来るのを待った。改札口に近いところにいれば、追いつかれてみつかってしまう。そう思い、ロータリーのほうに移動した。携帯電話が普及して、肩身の狭い思いをしているであろう電話ボックスの中で、私は、彼からの連絡を待った。

 どれくらい待っただろうか。彼からの着信があった。もう、涙は乾いていた。
『今、駅のロータリーに着いたよ』
 それを聞いて、電話ボックスを飛び出した。車に乗り込み、助手席に着いたら、逃げ切れた気がした。
「今だったら、逃げ馬の気持ちがわかる」
「え? どこから逃げてきたの?」
「自分自身の立場から」
 私のひと言に、彼の顔から笑顔が消えた。
「何があったの?」




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