box of chocolates
 貴大くんはシートベルトを外し、シートを倒した。そして、ファンからもらったという馬のぬいぐるみを眺めていた。私は、そんな彼の姿をぼんやりと眺めていた。
「何か、飲み物でも買ってこようか」
「どこにも行かないで!」
 シートから体を起こしたその腕を掴んだ。
「わかった。どこにも行かないよ」
 そう応えると、またシートに寝そべった。
「どこにも行かないから、話を聞かせてほしい」
 車の天井を眺めたまま、呟くように言った。
「私、八潮さんと結婚させられるかもしれない」
「どうして?」
 貴大くんは、驚くこともなく意外と冷静だった。
「今日、お父さんから新年会と聞かされて行ったら、八潮さんの家族と、うちの家族の食事会だった。その時に、八潮さんから『結婚を前提に付き合ってほしい』って」
 私の話を聞いて、貴大くんは鼻で笑った。
「笑い事じゃないよ」
「笑い事だよ」
「お互いの家族の前で、お父さんも乗り気なんだよ?」
 訴えかける私の目を、貴大くんがみつめた。
「杏ちゃんは、誰が好きなの?」
「貴大くん」
「ありがとう。それなら大丈夫。そんな不安そうな目で見ないで」
「だって!」
 すっ……と温かい手が、冷たい手を包んだ。
「誰にじゃまされようとふたりの気持ちがしっかりしていれば、大丈夫」
「でも!」
「オレが頼りないから、不安にさせてごめん」
 貴大くんの温かい手が、私の頭を優しく撫でた。ううん。私は、頭をブンブンと振った。貴大くんの言う通り、誰にじゃまされようと、この『好き』の気持ちは変わらないのだ。
「誰に何と言われようとオレが好きなのは、杏ちゃんだけだから、ね?」
うん。と頷いて、笑顔を見せた。幸せすぎて涙が溢れそうなのを、こらえるために。







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