box of chocolates
約束
 車の窓を叩く音で目が覚めた。彼は、気付かずに眠っていた。私と貴大くんは、手を繋いだまま、車の中で一晩一緒に過ごした。窓を叩いていたのは父で、そばには母の姿もあった。私は、車から出る気はなかった。窓を叩く音は大きくなり、彼が目を覚ました。
「何の音?」
 視線の先に両親を見た彼は、慌ててドアを開けて飛び出した。車内にいる私には、三人の会話は聞こえないけれど、彼がひたすら頭を下げて謝っているのは、わかった。彼は、言い逃れもしないだろうし、私のワガママでこうなったことも隠して、謝っているのか。そう思うと、車内でじっとしているのは卑怯な気がして、外に出た。
「ご心配をおかけして、すみませんでした」
 どうして、謝る必要があるの? 貴大くんは悪くない。
「杏。改めて、話をしよう」
 父は、貴大くんをチラッと見てから、穏やかな口調でそう言って、私の肩を叩いた。
「今日はこのまま、帰りなさい。改めて、話を聞かせてもらうから」
「はい。失礼します」
貴大くんは深々と頭を下げて、車に乗りこんだ。

 行かないで。

 声にならないひと言。涙で滲んで、車も見えなかった。







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