box of chocolates
「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」
 貴大くんが遠慮がちにそう言った。
「良かったまたいつでも食べにきて下さいね」
 母はそう言い残して、皿を片付けるために席を立った。父は、その背中にチラッと視線を送った。
「あんなこと言ってるけれど。君が騎手である限り、杏との交際は認められない」
「ど、どうして? じゃあ貴大くんがサラリーマンだったら、認めてくれるわけ?」
 私は、思わず立ち上がって、父に言った。
「そういうことだ。戸田くんは、騎手の仕事を辞めてまで、杏と付き合えるのか?」
「貴大くんにとって、騎手は天職なのよ。そんな酷なこと」
「杏には聞いていない。私は、戸田くんに聞いているんだ」
 そう言われ、私は力が抜けたようにストンと座った。
「杏さんが言う通り、僕にとって騎手は天職です。僕には騎手を辞めることができません。でも、杏さんと別れる気もありません。どうして騎手だといけないのでしょうか」
貴大くんは冷静に、父に問い質した。
「騎手は、危険な職業だからだ。秀が騎手になりたいと言った時にも反対をした。でも、どうしてもなりたいと言うから、条件を付けた」
「条件ですか?」
「ああ。5年以内に結果を出せなければ、辞めろと。秀は、条件をクリアしたから認めた」
「じゃあ、お父さんが言う条件をクリアすれば、貴大くんとの交際を認めてくれるの?」
 私は、冷静にはなれず半ば怒鳴るようにして、お父さんに言った。
「私は、競馬には詳しくないけれど、ダービーがホースマンの一番欲しいタイトルだということくらいは知っている。そこで、だ。戸田くん」
「はい」
「もし、今年のダービーに出られそうなのであれば、優勝してほしい。それが条件だ」
「そんな……」
 私は、思わず唇を噛んだ。たしかに、貴大くんの成績は伸びてきているし、騎乗回数も増えている。だけど、ダービーで優勝できるかどうかは、また別の話だ。技術があって毎年のように騎乗しているのに、なかなか制覇できないベテラン騎手もいると聞いた。




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