box of chocolates
「八潮くん、食事を用意してあるから、食べて帰りなさい」
「いつも、ありがとうございます」
 父は、先に店から出て行った。まるで、私と八潮さんをふたりっきりにさせるかのように。
「杏」
 甘く囁くように呼ばれ、ドキッとした。この間まで『杏ちゃん』と呼んでいたのに。
「あ、晩ご飯、食べましょう? お腹すいた」
 彼のペースに巻きこまれる前に、逃げなくてはならない。会うたびに濃厚なキスをされ、怖くなってきた。
「待ってよ」
 引き寄せられ、後ろから抱きしめられた。怖いと思いながらも、抱きしめられると、許してしまう自分がいた。八潮さんの手が、私の胸にあたっているのは単なる偶然? それとも…。
「晩ご飯よりも、甘いスイーツが食べたいな」
 耳元で囁かれた私は、逃げるようにして八潮さんから離れた。
「晩ご飯よりもスイーツが食べたいだなんて、パティシエらしい」
 私が作り笑いをして言うと、八潮さんがクスッと笑った。
「スイーツは、杏だよ」
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