box of chocolates
横顔
 ミユキングが大観衆を前にウイニングランをし、拍手と喝采を浴びていた。光を浴び、キラキラと輝く姿を目にすると、それとは対照的な、貴大くんのうなだれる姿が頭に浮かんだ。
「帰ろうか?」
 父が私の肩をポンと叩いた。私は、黙って頷き、父の後に続いた。母が私を気遣ってか、ギュッと手を握ってくれた。その手は、とても温かくて、貴大くんの手のぬくもりを思い出させた。でも、今は何も考えたくなかった。言葉も出なければ涙も出なかった。

 家に帰ってから、ひとりで部屋に閉じこもった。ベッドに寝そべって、目を閉じると、ゴール前のシーンがまぶたに浮かんだ。

 部屋のドアを叩く音で、ハッとした。いつの間にか眠ってしまっていたらしい。そっとドアを開けて、母が入ってきた。
「寝てた、いつの間にか」
「そう。疲れたのね」
「うん。ねぇ、お母さん」
 母は、何も言わずに柔らかな笑みを浮かべて私を見ていた。
「別れないとだめかな」
「別れなくてもいいよ」
 母さんは、笑顔で私の手を握った。
「確かに、騎手は危険な職業かもしれないし、競馬はお父さんの嫌いなギャンブルかもしれない。けれど、たった数分に命懸けで戦って、たくさんの人々を感動させる、素晴らしい職業だと思うもの」
「でも」
「少なくとも、私は感動したわ。競馬は、ギャンブルじゃないんだ。スポーツなんだって」
「うん」
「もう一度、時間を作って話し合う機会を持ちましょう」
「お母さん。ありがとう」
 母の温かい手をギュッと握り返した。でも、問題は解決したわけではないことはわかっていた。





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