box of chocolates
 月曜日は、定休日。私は、朝早くにこっそりと家を出た。明日からは、またパティシエとして新たな気持ちで頑張ろう。貴大くんとのことは、時間が解決してくれる。
『今日は一日、プチ旅行してきます』
 母には心配をかけたくなくて、メールを入れた。特に行き先は決めずに電車に乗って、茨城を脱出した。朝早くから、たくさんの人が電車を利用する。通勤通学の人たちには申し訳ないけれど、私はプチ旅行を楽しんできますと、心で呟いた。

ふと思いついて、電車に揺られること一時間強。
東京スカイツリーを見に来た。テレビで見てもおっきいスカイツリー、本物は大きすぎて怖いくらいだった。うまく撮れるスポットがあるようで、スマホで記念撮影。我ながら綺麗に写すことができた。さっそく、貴大くんに……。

あ。別れたんだ。バカだな、私。スカイツリーから離れて、歩き始めた。水族館の文字を見た時『水族館に行くと寿司が食べたくなる』と言っていた貴大くんを思い出し、苦笑した。そのあとは、浅草の雷門に寄った。仲見世で最中のアイスを食べていると浅草寺でおみくじをしようと思いついた。初詣でやりそびれた、おみくじ。まさかあんなところで八潮さんに会うなんて。そういえば、あの時に見た女性は……。
「やっぱりやめた」
 ひとりそう呟いて、踵を返した。

 適当に昼ご飯を済ませて、また電車に乗りこんだ。上野方面に向かい、乗り換えて、ついた先は大井競馬場前。せっかく来たのだから、兄を応援しなくては。平日の昼開催だからか、空いていた。馬券を買うわけでもなく、予想をするわけでもなく、ただスタンドに座ってぼんやりとレースを観ていた。ゴール直前に声援が起きると、あの日の競り合いがまぶたに浮かび、ハッとした。目の前にあるのは、大井のダートコース。それが一瞬、鮮やかな緑のターフに見えたのだ。大きなため息をついて、誰が勝ったのかもわからず、ウイナーズサークルまで歩いた。ウイナーズサークルで表彰式を済ませる騎手。数もまばらのファンに笑顔を向けていた。

 その姿に、貴大くんを見ていた。

 結局、兄に声をかけることもなく、競馬場を後にした。帰ろう。家に帰ったら、甘い物を食べよう。そう思った。




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