box of chocolates
傷心プチ旅行
「杏!」
 私を呼ぶ声。返事もせずに顔だけ声のするほうに向けた。
「どうして、駐車場に座りこんでいるんだ?」
 どれくらい座りこんでいたのか。カラカラの喉を潤したくて、唾をのみこんだ。
「さぁ、家に帰りましょう」
 温かい手。ああ、これは母の手か。貴大くんの手じゃ、ないんだ。そう思うと、涙がポロポロとこぼれ落ちた。
「私、貴大くんと、別れた、よ。これで良かったんでしょ? お父さん」
「杏……」
「八潮さんとお付き合いすれば、幸せになれるよね? 私……」
「杏、無理に付き合うことないわよ。あなたは、あなたの好きな人と」
「お母さん。私は、お父さんに聞いているの。ねぇ? そうでしょう? ねぇ?」
 声を振り絞るようにして父に問い質した。
「……それは……」
 言葉に詰まる父に苛ついた。母の温かい手を離して、ひとりで家に帰った。


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