box of chocolates
「ただいま」
「おかえり! 早かったのね!」
「お父さんは?」
「駅前の和菓子屋さん。そこのご主人と一緒に新しい商品を作るみたい」
「そうなんだぁ」
 父は、今年に入って新しい商品の開発に力を入れている。今度は、和菓子を取り入れるようだ。
「ところで、プチ旅行は楽しめた? どこに行ったの?」
「スカイツリー近辺に。これ、おみやげ」
 そう言って、仲見世で買ったお煎餅を手渡した。
「ありがとう。お茶いれよっか?」
「うん。ついでに甘いものが食べたいな」
 母がお茶をいれる姿を、リビングからぼんやりと眺めていた。ティーカップからほんわかと湯気があがる。それに目をやった。
「スカイツリーと水族館を見て、雷門と浅草寺。お昼ご飯を食べて、大井に行ったんだけれど」
「うん」
「どこに行っても、貴大くんの影がついて来る」 
ティーカップに視線を落とした。目がぼんやりとするのは、湯気のせいではないのはわかっていた。
「杏、無理しなくてもいいのよ。お父さんが言った通りにしなくても」
「甘かったの」
 母の言葉を遮るようにして言った。

「私、ほんの一瞬だけ、彼を信じてあげられなかった。ダービーなんて勝てない。勝てるわけないって」
 ふぅーと、ティーカップにため息を混ぜた。
「でも、貴大くんは違った。お父さんとの約束通りダービーに勝つために、努力を惜しまなかった。でも、勝てなかった」
 もう、こらえきれなかった。流れる涙を拭くこともせず、話し続けた。
「彼のほうからさよならと言ったの。約束は約束だからって。勝てなかったのは、私が彼を信じてあげられなかったから」
 テーブルに顔を伏せた。最後に見た横顔が、頭に浮かんだ。申し訳ない気持ちでいっぱいだった。泣くのは今日でおしまいにしよう。明日からは立派なパティシエを目指してもっと勉強しよう。職種は違えど、貴大くんに負けないように。





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