box of chocolates
 八月に入り、私はご主人の創作現場におじゃまできるようになった。でも、何かやらせてもらえるわけではない。目で見て、何かを感じてほしいと言うのだ。日本では、そんな時間はなかなかない。短い期間で先輩パティシエの技をコピーすることはできないけれど、良い刺激になった。八月の最初の定休日は、約束通りに凱旋門を見学に行った。せっかくだからと、チケットを買って、螺旋階段をのぼり、上からシャンゼリゼ大通りを眺めた。
「すごい! 世界の中心にいるみたい!」
 はしゃぐ私を見て、ご夫婦は、嬉しそうに笑った。
「凱旋門なんて、何年ぶりかしら?」
「何十年ぶりかもね」
 微笑み合う、仲睦まじいご夫婦の姿に、思いつきとはいえ、来て良かったと思った。
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