box of chocolates
 ひと通り見終わってから、ご夫婦が親しい人に声をかけられて立ち話をしていた。その隙をつくかのように八潮さんがやってきた。私は、少しご夫婦のそばから離れた。
「さっきはやけによそよそしかったね。杏を想ってこの作品を作ったのに。ところであの話は、どうなった?」
「あの話って?」
 八潮さんがフゥーッとため息をついた。
「あの話の続きをしたくて、久しぶりに川越先生のところに行ったら『杏は修行に出た』とか言うし、どうなってるの?」
「だから、何ですか? あの話って」
「結婚を前提とした真剣交際の話だよ」
 あ、そうか。八潮さんは何も知らなくて、返事は保留のままなんだ。その時、母の言葉が耳に響いた。
『杏と貴大くんが別々の場所で、お互いに頑張っている姿を見れば。お父さんから何か言ってくるはず』
「ごめんなさい。お断りします」
 私は、笑顔でそう言ってご夫婦の元に歩み寄った。八潮さんがどんな顔をしたかも見ないで。


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