box of chocolates
 ピラミッドと美術館の間の噴水前で私は、歩みを止めた。一定の距離を保ったままピタッと立ち止まる。前方にいるのは、おしゃれなパリジャンでもなければ、長身のイケメンでもない。髪をサッパリと短く切って、顎には少し無精ひげを生やした貴大くんがそこにいた。私を見て、私と同じように目を丸くして、ポカンと口を開けていた。
しばらくはお互いの存在を信じられず、金縛りに合ったかのように動けなくなったが、貴大くんが私に笑顔を見せると、やっと歩み寄ることができた。
「杏ちゃんどうして? ここはフランスだよ?」
「貴大くんこそ、髪がサッパリとして」
 そう言って笑うと、恥ずかしそうに短くなった髪を触った。
「新しい自分になりたくてね。フランスには、夏の間だけ、武者修行」
「そうなんだ? 私も親の知り合いを頼って、夏の間、修行という名のバカンスだよ」
「バカンス? うらやましい」
 そう言って笑う貴大くんは、相変わらず優しい目をしていた。
「貴大くんは、ひとりなの?」
「うん。もうすぐ日本に帰るし、ちょっとパリ観光。杏ちゃんは?」
「私も」
「じゃあ、久しぶりにデートでもしようか?」
 そう言って、貴大くんは私の手をすっと握った。
「ここなら、誰にもじゃまされない」
 ふたりはフランスで、ほんの少しの時間、恋人同士に戻ることにした。

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