box of chocolates
「はい。ミーティング終わり」
 八潮さんは、握っていた手を離し、私の太ももを優しく触った。
「ちょっと! 何をするんですか?」
 完全に油断をしていた。慌てて立ち上がった私を八潮さんが捕まえた。めまいがしそうなほど爽やかな香りに、思わず目を閉じてしまった。
「杏がワンピースなんて着てくるから悪いんだ。つい、触りたくなった」
 ギュッと抱きしめられ、このまま身を任せたいと思いながらも、他の女性にも同じことをしていると思うと許せなかった。
「やめてください」
 私のほうから離れて、俯いた。
「半年も、我慢したんだよ?」
「我慢?」
 顔をあげると、またもや八潮さんの鋭い視線に捕まった。
「杏がこの店に来て、毎日、顔を見るたびに、抱きしめたくて仕方なかった」
「吉川さんがいるじゃないですか」
 プイッと視線を逸らすと、八潮さんと噂になっている吉川さんの名を口にした。
「だから、何?」
「何、って……。私は……」
 吉川さんと関係を持っていながら、涼しい顔をして私に言い寄ってくる八潮さんは許せなかった。でも、はっきりとそれを口にできなかった。
「そんなことを言う生意気な唇は、オレがふさぐ」
 くっ、と顎を親指で持ち上げられ、強引にキスをされた。
「杏と言う名のスイーツ、いただきます」
 触れ合った唇が離れると、息がかかるくらい近くで、八潮さんが囁いた。手首を掴まれ、拒否することができないまま、厨房の奥のドアが開いた。

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