box of chocolates
「ごちそうさまでした」
「さぁ、厨房に行くよ。材料はあっちにあるんだから」
私が食べ終わるや否や、八潮さんが言った。黙ってついて行くより他なかった。厨房に入ると、あのドアが気になった。最近は、気にとめていなかったのに。ミーティングって、なんだろう。後片付けをする八潮さんの背中をぼんやりと眺めていた。
「お待たせ。そこに座って」
 背もたれのない、座席の丸い小さな椅子がニ脚。私が座ると、すぐ近くに八潮さんが向き合うようにして座った。ちょうど病院で、先生と患者さんが向き合っている、そんな感じだ。
「店に来てから半年、ホントに何の悩みもないの?」
「はい。スタッフの皆さん、とてもいい方ですし、トラブルもなくて。仕事も今は、雑務中心ですけれど、修行の身ですから」
 淡々と話す私を、八潮さんはポカンと口を開けて見ていた。
「杏、いくつ?」
 八潮さんが急に名前で呼んだから、ビクッとして、眉間にしわを寄せた。
「あ、ごめん。川越さんのほうがいいね。ミーティングだから」
 そう聞いて、安心した。八潮さんは、私が何も言わないから、気にかけてミーティングをしてくれているんだと思った。
「二十一です」
「二十一? 若いのに、しっかりしてるね。雑務ばっかりで嫌気がさしたかと思ったら『修行の身だから』って」
 そう言うと、ガシッと手を握られた。
「その心意気があれば、必ず素晴らしいパティシエになれるよ。一緒に頑張っていこうね」
「あ、ありがとうございます」
 八潮さんの熱意が伝わってきて、少々驚いた。手を握られてはいるけれど、下心は微塵も感じられなかった。

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