box of chocolates
 「お兄ちゃん、明らかにケガしているのに、どうして病院に行かないのかな。救急車が待機してるのに、あれは命に関わる人しか使えないの?」
 駐車場に向かう道すがら、いろんな疑問が浮かんできた私は、戸田さんに聞いた。
「あの救急車は、競馬場内しか走れない。応急処置はしてもらえるんだけれど、結局は、搬送先の病院がみつかるまで、待機するしかないんだ」
「もし、命に関わる大事故だったら?」
「うん。あんまり考えたくはないけれど、これが現状だよ」
 騎手は命がけでレースに臨んでいるのに。言葉を失ってしまった。競馬はギャンブルだからと言う理由もあるかもしれないけれど、父が反対するのも無理はない。
「戸田さんは、落馬したことある?」
「落馬はよくあることだよ。調教中とか、レース前とか。レース中もあるけれど幸い、軽傷で済んでいる」
「戸田さん、落馬しないでね! 今日、見て本当に怖かったから」
 兄の姿と戸田さんが重なって、泣きそうになった。そんな私に戸田さんは優しい眼差しをむけた。
「うん。ありがとう」
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