box of chocolates
「ちなみに戸田さんの馬、十番人気だから」
「人気なんて、人間が勝手に決めているんです。勝ちますよ」
「あんなに逃げちゃ、終いにバテるから。杏は、競馬を知らないもんね」
 ムキになる私に、八潮さんもムキになって言い返してきた。
「競馬は、わかりません。でも、逃げ切れるかもしれないじゃないですか」
 そして、最後の直線へ。誰も追いつかないで!逃げて! 逃げて! と、祈るような気持ちでレースをみつめた。祈りが届いたのか、戸田さん騎乗の馬がまんまと逃げ切り勝ちをおさめた。
「馬券、買えば良かった! では八潮さん、またの機会に」
「えっ? あ、ちょっと……」
 私は、八潮さんを置いてウィナーズサークルへと向かった。ウィナーズサークルでは、馬と一緒に騎手や馬主が記念写真を撮る。表彰式と記念写真を撮り終えると、ファンからのサインに応じたり。なんだか戸田さんが、手の届かない人に感じた。
「戸田さーん!」
 ファンに混じり、戸田さんファンの私も思い切って声をかけた。私の声が耳に届いたようで、笑顔でこちらを向いたが、すぐに顔を曇らせて、目をそらされた。戸田さんは、振り返ることなく行ってしまった。なんとなく、すぐ後ろに八潮さんがいるような気配を感じた。私は、その気配に気づかないふりをして、競馬場出口へと駆け出した。

 さすがに八潮さんも、追いかけてはこなかった。


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