チェリー~君が呼ぶ、あたしの名前~

鏡を閉じようと思った、その瞬間だった。

鏡に写る自分。その後ろにはカフェの入り口があって、小さく女性が写っていた。

鏡越しに目が合う。

驚いて、思わず鏡を閉じた。ごくりと息を飲む。

ゆっくりと立ち上がり振り向くと、入り口にいた女性がこっちに向かって来るのがわかった。
思わず身構える。

彼女はあたしの前まで来て、足を止めた。

あたしより下の目線。あたしが見下ろす形になる。

「…橘亜弥さん、ですか?」

か細い声、だと思った。
今にも消えてしまいそうな、高く小さな声。

あたしはその声に促されるままに、小さく頭を縦に振った。

目の前の彼女は少しだけ目を見開いて、それで少し肩を落とし、目を閉じた。

目を閉じると目尻のシワが目立ち、あまり若くはないことを感じる。よく見ると、目の周りには薄い染みとくまがあった。

眉間にしわを寄せたまま、丁寧にお辞儀をする。

あたしはその旋毛を見ながら、ゆっくりと、次に出てくる言葉を待った。


「…佐倉恭平の、妻です」


…予想はしてた。彼女が現れた時から、なんとなく、そうなのではないかと。

それでも衝撃は、小さくなかった。

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