チェリー~君が呼ぶ、あたしの名前~
「じゃあ沙那。舞のこと、よろしくね」
「…ええ」
結局最後まであたしを睨んでいた沙那と呼ばれた彼女は、舞ちゃんの手を引いて、カフェを出ていった。
最後まで睨んでた視線に、あたしは既視感を覚えた。
背筋がぞっとする、あの視線。
「…座りましょうか」
彼女の声で、あたしはようやく沙那さんと舞ちゃんから視線を剥がした。
目の前のソファーにゆっくりと腰をかける彼女。
よく見ると、心なしかお腹がふっくらしているように思う。
それには気付かないふりをして、あたしもソファーに座った。
しばらく沈黙が続く。あたしはただ、黙って下を向いていた。
ウェイターさんに紅茶を注文してから、「橘さんは?」とあたしに声をかける。
そこであたしはようやく頭を上げ、首を横に振った。
困った様な表情をする人だと、思った。
少し下がった眉。常に寄っている眉間のしわ。意思の弱そうな、一重の目。
…正直、意外だった。
あの佐倉さんの妻。まさかこんな人だとは思わなかった。
もっとゴージャスで、自信に満ち溢れていて、あたしが到底敵わない様な、そんな美女を想像していた。
目の前で俯く彼女は、あたしの想像とはかけ離れている。