チェリー~君が呼ぶ、あたしの名前~
しばらくあたし達は黙った。黙っていてもお互いの体温を手のひらから感じていたので、不思議と不安にはならない。少しだけ目を閉じて、マモルと同じ世界に行った。

暗い。真っ暗な世界。瞬間、全神経が手のひらに移る。あぁ、これがマモルの感覚なんだ。このお互いの体温だけが、マモルの視覚。

「…今でも不安になる」

ふいにマモルの声が届いた。目を開けそうになったが、閉じたままでいることにする。

「俺は…咲羅を、傷つけただけなんじゃないかって。咲羅の幸せを考えて別れたけど、結局は俺が逃げたかっただけなんじゃないか…って。咲羅の絵を…あいつの人生そのものを、俺はもう見ることができないから。そんな俺…咲羅の荷物でしかないんだって思った。そう思うと…怖くなったんだ」

暗闇の中、微かに震えるマモルの声。電話で話している様な錯覚に囚われた。

「向き合う事から逃げた。あいつの幸せを願って別れたなんて結局は建前で、自分が一番楽な道を選んだんだ」

最低だろ?これが、本当の俺なんだ。そう言うマモルの声はやっぱり優しくて、最低だなんて微塵も思えない。

だってあたしは、"サクラ"さんの言葉を知ってるから。


『…優しい嘘だった』

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