わたしから、プロポーズ
「ん•••」
乱れた呼吸と、甘い声。
嫌でも足は止まり、聞き耳を立ててしまう。
「何で、オフィスから変な声か聞こえてくるのよ」
退職は受理をされ、得意先に挨拶回りをしていたら、オフィスに戻るのがすっかり遅くなっていた。
きっと、誰も残っていないだろうと、油断しまくりで戻ってみたら、こんな変な声が聞こえてくるのだから嫌になる。
「あ•••、ん•••」
「ちょっと、ちょっと。誰が何をやっているのよ」
ますます度を越える声に、入口のドアからこっそり覗いてみると、そこには遥と広田さんのキスシーンが飛び込んできたのだった。
思わず声を上げそうになり、慌てて両手で口を塞ぐ。
二人は濃厚なまでのキスをしていて、広田さんの手は遥の胸を揉んでいる。
「ったく、これじゃ入れないじゃない」
妬み半分、頬を膨らませ途方に暮れていると、誰かに腕を掴まれた。
その驚きで声を出しそうになった瞬間に、手で口をら塞がれたのだった。
「莉緒、俺だよ」
囁く様な声で私の顔を覗き込んだのは、瞬爾だった。
「瞬爾!?何でここに?」
できる限り抑えめの声を出す。
だけど、オフィスからは甘い声が漏れていた。
ヤバイ!!
瞬爾とこんなシーンに出くわすなんて、気まずくて仕方ない。
どうか、気付かないで欲しいと願っても、遥の腹立たしいくらいの甘い声で、あっけなく気付かれてしまった。
「なるほどな。莉緒がドアから覗いてるから、何かあるんだろうとは思ってたけど」
瞬爾は少しだけ顔を上げて中を確認すると、苦笑いを浮かべた。
「今夜は帰ろう。明日でも大丈夫なんだろ?」
「うん。大丈夫•••。それにしても、二人も場をわきまえて欲しいよね」
「そうだな」
瞬爾は気まずくないのか。
小さく笑う瞬爾に促され、エレベーターへ向かう。
そして扉はすぐに開き、乗り込んだのだった。
キスシーンを見ても苦笑いだけだなんて、やっぱり私はもう瞬爾の心からいなくなってしまったのか。
切なさで俯いた時、瞬爾が言ったのだった。
「莉緒が戻るのを待ってたんだ。話したい事がある。少し時間いいか?」