わたしから、プロポーズ
準備をして向かった先は、ヒロくんの会社だった。
あのキス以来、全く連絡をしていない。
もちろん、ヒロくんからの連絡は全てシャットダウンしていたのだ。
だからか、応接室で待っていると、ヒロくんが飛び込む様に入ってきたのだった。
「莉緒、良かった。全然、連絡が取れないから、どうしようかと思ってたんだよ」
胸を撫で下ろすかの様に、安堵の表情を見せたヒロくんは、最後に会った日の様な緊迫感はない。
それが少しホッとした。
だけどすぐに、気持ちを引き締め直したのだった。
「連絡をする必要はないと思ったから。今日、ここに来たのは、ヒロくんにさようならを言う為なの」
「さようなら?」
言葉の意味を理解しきれないヒロくんは、ソファーに座りながら険しい顔を向ける。
「あの時の事は、強引だったと思う。それは謝るよ。ただ、俺は莉緒が好きなんだ。だから、そんな簡単にさようならなんて言うなよ」
必死で食い止め様とするヒロくんを遮ると、ゆっくりと言ったのだった。
「私、仕事を辞めるの。だから、もうヒロくんと会う事はない•••」
「辞める!?まさか、課長と結婚するのか?」
「ううん」
首を横に振ると、ヒロくんは身を乗り出してきた。
「じゃあ、何で•••」
「その理由は簡単。私がヒロくんを好きになれない。そして、私には断ち切れない想いがある。だからだよ」
ハッキリ気持ちを伝えなければいけないと、教えてくれたのはヒロくんだと思う。
結局、私の浮ついた気持ちが、ヒロくんを惑わせたのだから。
「本当にお世話になりました。ヒロくんは、私が寂しい時に側にいてくれた。それは、心底感謝しているから」
きっと、仕事を辞める事が納得出来ないのだろう。
ヒロくんは険しい表情を最後まで崩さず、仕事の話以外をする事はなかった。
そしていよいよ、私たちは最後の別れをする。
「それじゃ、ヒロくん。頑張ってね」
入口で見送ってくれるヒロくんは、やっぱり笑顔を見せてはくれない。
だけど、それは仕方のないことだ。
「ああ。莉緒こそ、体に気をつけて」
私は小さく笑顔を向けると、その場を後にした。
さようなら、初恋の人。
私に恋する気持ちを初めて教えてくれた人は、最後に恋する相手が誰かを教えてくれたのだった。