イジワル同期の恋の手ほどき

翌日、また早起きして、お弁当を作った。
昨日の晩から下ごしらえしたので、今日は合格点間違いなしのはず。
彩りはプチトマトとブロッコリーとオレンジの彩り三色を入れて、かなり自信はあった。

ところが、宇佐原の感想は、新しい注文だった。

″彩りOK。スタミナが足りない″

つい自分好みで野菜を多めにしていたけれど、たしかに男性にはあっさりし過ぎていたかもしれない。
またプランを練り直し、肉類中心の献立を考える。

お弁当って、意外に大変。
あんな小さなスペースでも、埋めようと思ったら。

昼休み、お弁当のレシピ本を手あたり次第に読みふけっていた。
付箋を貼りながら、次に作るおかずを考えているときだった。

「木津さん、昼休みに悪いけど、これ頼めるか」

課長に呼ばれ、本を開いたまま席を立った。

その日、午後から出張に出る課長に、来週のミーティングのレジュメについて議題追加の指示を受けた。

書類を手に席に戻ろうとして、足がぴたりと止まる。泉田さんが私の机で立ち止まってなにかを見ている。

「泉田さん、あの、どうかしましたか?」

おそるおそる背中に声をかけ、泉田さんが手にしている物を目にした時、焦ってそれを奪い取る。

「あっ、ダメ、見ないで」

思わず悲鳴にも似た鋭い声になり、驚いた泉田さんがはっと振り返る。

「あ、ごめん。勝手に見て悪かった。ところで、木津さんって、彼氏いるの?」

動揺していて、問いかけの意味がわからず、ゆっくりとまばたきをした。

「いや、〝彼に喜ばれる〟って書いてあるから」

泉田さんの長い指が本のタイトルを指差す。
からかうふうでもなく、ただ純粋な好奇心から聞いているようだ。

「えっ、いえ、あのそれは、友達がふざけて……買っただけです」

赤くなってしどろもどろで説明する。

「ふーん。でもいいよね、お弁当を作れる女の子って」

泉田さんが目を細めて優しく微笑むから、さらに頬がかーっと赤く熱を帯びるのが自分でもわかった。
ここで、「作りましょうか」と言えたらいいのに、そのひと言が言えない。
まごまごしているうちに泉田さんはとっくに自分の席に戻っていて、近くの女性社員と楽しそうに会話を始めている。

「ふー」

思わず、深いため息をついた。

―――コトン。

背中から机の上に置かれたのは缶コーヒーだった。
顔を上げると、宇佐原が優しいまなざしで見つめていた。

「よかったな、話せて」

私にだけ聞こえる声で言う。
「これ、ありがと」とぎこちなく微笑み返す。

食後によく飲みたくなる、ちょっと甘めのカフェオレ。
宇佐原が飲み物を買ってきてくれる時、いつもその時の気分にぴったりだから不思議だ。
眠いからガツンと強いブラックが飲みたい時も、ほっとひと息甘いロイヤルミルクティが飲みたい時も、注文を聞いて買いにいくわけではないのに、これまで一度もはずしたことがない。さすが私のことをよくわかってるなぁと感心してしまう。
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