滴る雫は甘くてほろ苦い媚薬
その日も定刻通りに仕事が終わる。
だが、あの事が頭を過ぎりなかなか帰宅する気分にはなれなかった。
ーーちょっと時間ずらそうかな…。
明日に回そうと思った仕事に手をつけて、
ちょっと残業した後に退社しようかなと思った時、あれ?と背後から声を掛けてきたのは彼だった。
「夏目さん、残業?まだ仕事残ってたんですか?」
もちろんまだオフィスには数人の同僚がいるので、彼も部長の顔をしている。
「あ、はい。別にこの後用事もないしちょっと残業してから帰ろうかなと」
はははと愛想笑いしながら言った私の顔を見た彼は、そう…と考え深げ。
ーーあ、またもしかしてまた見透かされてる…?
私を見下ろす目線が何処か疑うような目つきで、
私はは、は、は…と顔を強張らせながら再びデスクに向かった。
ーーまた彼に心配とかかけたくないから、ヘタなこと言えないしなぁ。