もう一度抱いて
「ごめんな。つらいことさせて…」


私は気がつけば、磯村君の腕の中にいた。


磯村君がいつも吸っているタバコの匂いが、私をふわりと包み込む。


「好きなだけ、泣いていいから…」


磯村君が着ているカットソーは、柔らかくて、心地良くて。


涙がついちゃいけないと思いつつも、ギュッとしがみついた。


磯村君は、私の背中をトントンと優しく撫でてくれる。


それとほぼ同じリズムで、磯村君の心臓の鼓動が聴こえる。


その音を聴いていたら、なんだか安心してしまって、知らない間に涙も止まっていた。


私はゆっくり身体を起こして、後ろに下がった。


「大丈夫か?」


「…うん」


なんだか恥ずかしくて、なかなか顔が上げられない。


「ちょっと待ってて。コーヒー入れて来る」


そう言うと磯村君は立ち上がり、キッチンへ向かった。


狭いワンルームの部屋が、瞬く間にコーヒーの香りに包まれる。


磯村君はマグカップを2つ、小さなテーブルの上にコトンと置いた。


「ありがとう」


「インスタントだけどな」


磯村君は床にあぐらをかいて座ると、綺麗な指でコーヒーを口にした。


「どうした?飲まないの…?」


「あ、あぁ。私、ブラック飲めなくて…」


「えっ、マジ?あー、砂糖ならあるよ。料理用だけど。牛乳もあるしな」


磯村君はキッチンから、砂糖と牛乳を持って来てくれた。


私は料理用の白砂糖をコーヒーに入れて、牛乳も注いだ。


こんなことをするのは初めてで、なんだか不思議な気分だ。


スプーンでかき混ぜると、恐る恐るコーヒーを口にした。


「どう?」


「うん。意外と大丈夫」


私がそう言うと、磯村君は目を細めて笑った。


コーヒーを飲むと、なんだかホッとするのはどうしてなのかな。


「なぁ」


「ん?」


「永瀬、失恋したの?」


「え…?」
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