好き嫌い。

その3

彼氏と一緒に一旦うちに戻るね。



母親にそうメールする。
父親が出勤してからの時間を見計らい、うちにあがる。


康太と繋いだ手は離さない。


「ただいまー。」


ベランダで洗濯物を干していた母親が慌てて部屋に入ってくる。


「おかえり!実里、彼氏って…」


康太を見て母は言葉を止めた。
実里がずっと好きだと言っていた人物が誰かを知る母。

みるみるうちに瞳に涙がたまる。


「あらやだもう!実里ったら…いつの間に⁈」

「あはは…昨日、急展開で…」


照れ臭くて俯きがちに答える。
繋いだ手に力がこもる。


「朝からすみません。」


康太も緊張するのか、声が低い。


「あぁもう、堅苦しい挨拶はいらないから、入って!」


「お母さん、もう入ってるから。」


ふふっと笑うと目尻を拭う母の姿が見えた。


「朝ごはんは食べた?お茶にしようか!」


テンションが異常に上がった母の気持ちを考えると、何だかんだ言いながらなかなか嫁がない一人娘を心配していたのだと気付く。


「奥井くん、今はお家の手伝いじゃなくて写真家としてやってるんでしょ?」


飲み物を準備している母がそう康太に聞く。


「え?そうなの?」

「やだ、実里しらないの?賞獲ったのよ、奥井君。」


…彼女が知らないことを彼女の母が知っているというミラクル。


「康太、そうなの?」

「あぁ、だからどこででも仕事はできるんだ。」

…それであたしの所に一緒に住むって話になったのね。



「何にも知らないんだね、あたし。ずっと逃げてたから…」


アキがお節介しなければ、交わることもなかった2人の人生。


「アキにお礼しなきゃだなぁ。まぁ、明日の式でピアノ演奏するからいっか。」


「ミノリが演奏するのか?」


「うん、生伴奏なの。これくらいしか取り柄がないからね。」


あはは、と笑うと、康太が微笑む。

「ミノリのピアノ、好きなんだよな。」


そう言ってたね。イメージが湧くんだ、って。


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