君が好きだから嘘をつく
「お疲れ様」

何とか口角を上げて笑顔を作り、軽くお辞儀して横断歩道を歩き始めたところを伊東さんに呼び止められてしまった。

「柚原さん!」

その声に驚き振り向くと、伊東さんは私の目の前にグッと近寄り小さな声で囁いてきた。

「な・・何?」

急に距離を縮められ、訴えかけてくる瞳に思わず身が引いてしまう。

「あの、すいません。彼とちょっともめてしまって・・・」

「あ~、そうなの?」

そんな事言われても困るんだけどな・・そう心の中で呟く。

「どうしていいか分からないんです」

伏し目がちに困った顔をする彼女の顔を見て、『カップルの痴話喧嘩に私は関係ないでしょ!』と心でつぶやき、小さくため息をつく。

「いや・・そういうことはちゃんと彼と話したほうがいいんじゃない?」

そう、伊東さんと彼の喧嘩は私には全く関係ないし、こんな場所で相談されても私だって答えようがない。
ここで仲裁に入るほど私は伊東さんと仲がいいわけではない。
いや・・『巻き込まれても困るよ』っていうのが私の本心だ。

「でも、私がいくら話しても分かってもらえないんです。柚原さんお願いです、助けてください」

「え?助けてって私が?」

更に一歩近づかれて妙な圧迫感を感じる。

「いや~でもね・・・」

そう言った直後、彼女が発した名前で私の心臓がドクンと鼓動した。

「あの・・・彼に山中さんとのこと疑われて、私がいくら否定してもだめなんです」

    ー健吾のこと?ー

健吾の名前が出て、私の焦点が彼女の瞳にきつくあたる。

「健吾が原因でもめているの?そんなに彼氏が怒るようなことがあったの?」

こんなこと聞きたくない。
私だって何も知らないわけじゃないけど2人がどんな関係か・・・そこまでは私も知らないし、知りたくない。
でも伊東さんの彼が怒ってこんなとこで問い詰めるような何かがあったっていうの?

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