君が好きだから嘘をつく
決意
相変わらず健吾とプライベートに言葉を交わすことはなく、極力会社にいる時間を減らす仕事の仕方をしていた。
こなさなければいけない仕事はきちんと仕上げていたけど、仕事に集中しているわけではなかった。
今まで大変な中にも僅かに仕事を楽しめる感覚があったのに、今はそう感じることができない。
淡々と仕事をこなし、虚無感の時を過ごす。なるべく考えないように、目先に映るものから逃げるように。
それでも職場という環境から逃げられない現実がある。

「柚原さん!」

呼び止められたその声に【ドキッ】と身体が拒否感を感じる。
振り向けば想像通りそこに伊東さんが立っていた。

「あっ・・、お疲れ様」

笑顔を作ろうと意識するけど、うまく笑えない。
そんな私の前まで伊東さんが寄ってくる。

「この前はすいませんでした」

そう言って頭を下げる。それを見ておもわず目を背けたくなった。
考えないようにしている現実を、またぶつけられるような気がしてしまう。
彼女と関わることはもう避けたかった。

「ううん、私こそ途中で抜けてごねんね」

伊東さんと彼氏の目の前で偽りのキスをして健吾に言葉をぶつけ、逃げるようにその場を去った私。
健吾を守る為に言った嘘に、彼女も困惑しただろう。
健吾と伊東さんがどんな付き合いをしていたかまで私は知らないけど、彼氏の持つ疑惑に『健吾と付き合っているのは私』と言い放ったのだから驚きはしたと思う。

「いいえ・・ご迷惑おかけして本当にすいませんでした」

小さくなって謝り続ける姿を見ていると心が痛む。

「あの後・・・大丈夫だった?」

「はい、ちょっと驚いていましたけどなんとか信じてくれたみたいです」

信じてくれたみたいですって、それで彼女の三角関係は終わりなのかな?
彼女に惑わされた2人の男達はスッキリすることはないはずだけど。可愛い顔してこんな揉め事を起こし、うまく付き合い続ける彼女みたいな人を魔性と言うのかな・・なんて思ってしまう。

彼女のことを考えると私は嫌な女になってしまう。

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