君が好きだから嘘をつく
そばにいて
昨日の夜から仕事中の今も頭の中を巡る、昨日の美好でのことが。
知らされた事実、そこに自分の知らない楓がいた。今まで自分が見てきた楓が全てだと思っていた。

楓が俺を?何度繰り返し考えてみても、あいつが俺に対してそんな感情を持っていると感じたことはなかった。いつも笑って・ふざけて・相談にのってくれる顔しか思い出せない。
俺が楓に『好きな奴や、気になる奴はいないのか?』と聞いても、『うん』という答えしか聞いたことがない。
それに思い出せば『楓にも幸せになってもらいたいと思っている』なんて言った記憶もある。
そうやって自分が楓を遠ざけていたのかもしれないと思ったら、今まで自分のしてきたこと全てに後悔が襲った。その結果、楓は俺から離れて行った。

最近ずっと感じているこの重い気持ちは、喪失感だ。
楓が会社を辞める少し前からできた溝。伊東麻里との事で楓を巻き込んでしまい嫌な思いをさせた。
その時言った楓の言葉・・・『全部嘘』『健吾の幸せなんか願っていない』『もう限界』

   -お前はどんな気持ちで言ったんだ?ー

それなのに最後去って行く時に、『今度は本当に健吾の好きな人とのこと心から応援するから許して』
なんて言わせてしまった。
今井さんに聞くまでバカみたいに気付かなかったよ。

   ーあんなにそばにいたのになー

俺は今まで何を見てきたんだろうな・・。楓がどんな気持ちで去ったか知らずにいたなんて、自分でも嫌になる。
最後に見せた楓の笑顔が心に深く残っていた。
お前のいない毎日が、こんなにも俺を孤独にさせるなんて。
何でこんな気持ちになるのか、それは・・もうだいぶ前から気付いていたんだ。

   -それを楓に伝えに行く、もう遅いのかもしれないけれどー


楓は今、あの男のそばにいる。
それが昨日からずっと健吾の心をモヤモヤさせ、苛立ちを感じさせていた。
もう遅いかもしれない。そう鬱々と何度も繰り返し考えていて、気持ちが浮つき仕事に神経が行き届かない。
それでもやらなくてはいけない仕事は定時までに終わらせた。今日だけは残業するつもりはない。
早めに社に戻り、デスクワークも終わらせて帰り支度を整える。
そして付箋を取り出し、咲季には『これから行って来ます 山中』・隼人には『餞別サンキュー』と書いてそれぞれのデスクに貼り付けてから退社した。

そして目的地へと真っ直ぐ向かった。楓に会ってどう話すのかなど考えずに。

今はとにかく楓の顔が見たかった。

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