君が好きだから嘘をつく
友の優しさ
今日の朝はいつもより早く目が覚めてしまった。
夜遅くベッドに横になってもなかなか眠りにつけなかったのに、目覚めるのは早かった。
理由は分かっている。健吾と伊東さんが一緒に帰って行ったことと、澤田くんに健吾への気持ちがばれていたことへの驚きと戸惑いなどだ。
今まで気付いていても何も言わずにそっとしておいてくれた澤田くんだから、きっとこれからも同じようにしていてくれると思うけど、やっぱり動揺は抑えられない。

何よりもこの5年間何も言わずにいた澤田くんが、今私に『健吾の事ずっと好きだったんだろ』、『諦めずに頑張れ』と言ってきたことが気になる。
健吾と伊東さんを見て、私の可能性のなさを感じたのかな。

やっぱり黙っていられないくらいの状況にもうなっているってことかな・・・。

朝からグルグルと考え続けて、あっという間に出勤時間が近づいてしまい急いで支度をしてアパートを出た。
改札を出て会社に向かって歩いていると、後ろから声をかけられた。

「おはよ、楓」

振り返るといつもと変わらない健吾が立っている。
昨日伊東さんと並んで帰って行ったときに感じた私の知らない健吾っていう感覚はもうなかった。

「おはよう」

私もいつもと同じように挨拶を交わし、隣に並んだ健吾と会社に向かって歩き出す。
夏も近づいて日差しの強さを感じて少し視線が下がる。
そっと横にいる健吾を見て、昨日のことを話題に出すか考える。
一番気になっていること、でも耳を塞ぎたくなること。

言葉に出そうとした時、健吾の方から話を振って来た。

「昨日さ、ごめんな。自分が誘っておいて先に帰っちゃって」

健吾は歩く足を止めて、軽く頭を下げた。そんな姿を見て、何だか寂しい気持ちになる。
友達なら笑って済ませるべきだろう。でも、その笑顔が簡単に出てこない。なんとか微笑んで言葉を返す。

「ちゃんと送って行った?」

「うん、電車降りた後タクシーで送ろうと思ったけど、彼氏から電話入って駅まで迎えに来るって言うから、俺はそのまま電車に乗って帰ったんだ」

「・・・そうなんだ」

てっきり2人仲良く帰ったと思ってから言葉が詰まった。

何か不思議な感じ。
私が健吾を想って身を引いて、苦しいさや切なさを感じているのと同じように健吾も伊東さんの彼氏の存在に身を引いている。きっと辛かったよね。

「健吾・・頑張れ」

たった一言だけど、その言葉はちゃんと健吾に届いたらしく優しい笑顔で微笑んでくれた。

「ごめんね、私伊東さんに何のアドバイスも言ってあげられなかった。私、何の為に行ったのかな?って感じだよね。伊東さんにも謝っておいて」

「そんなことないよ。前から楓と話してみたいって言っていたし、楓がいて伊東さんも安心したと思うよ。彼氏のこと話して、ちゃんと考えてみるって言っていたしな」

「健吾は嫌じゃないの?彼氏の話とか」

意地悪な質問ではなく率直に思っていることを聞いた。
決して『別れたい』って内容じゃない、彼氏の愛情からの束縛の話だ。
その上、澤田くんの『束縛抜いたら彼氏を好きなの?』と言う伊東さんへの直球の質問に健吾が、『伊東さんは彼氏のことを好きだよ』と答えた気持ちが私を動揺させたのだ。

いつも飲んだ時に愚痴っていた健吾とは思えない姿だったから、一瞬分からなくなってしまった。

< 54 / 216 >

この作品をシェア

pagetop