君が好きだから嘘をつく
研修後に営業部へ配属された時は、私を含め新入社員は4人だった。
健吾と澤田くんと私、あとフワッとした雰囲気の金沢さんの男女2人ずつ。でも営業という仕事がきつかったのか、すぐに金沢さんは辞めてしまった。
まだ仕事の内容もほとんど分からず、次々と学ぶ毎日だったけど、同姓の同期がいない環境は寂しさも不安もあった。
そんな私の感情を悟ってくれていたのか、咲季先輩は何かと私に気遣ってくれたり会社帰りに食事などに誘ってくれた。
頼りになる包容力もあれば、思いやりもある。そして人をからかって楽しんでいるところもある。

そんな彼女は、時々悪魔な優しい姉御様なのだ。

「咲季先輩、勝手に私の事を酒のつまみにしないでください。」

楽しそうに笑う咲季先輩に腕を引っ張られながら歩く。
そして彼女の横顔を見ながら口を膨らませながら恨めしく睨んでいると、私の顔をチラ見して笑った。

「いいじゃない、いいじゃない。美味しい物を奢ってあげるからさ~、つきあってよ。」

そう言いながら会社を出ると、駅に向かわずタクシーを止め10分程車を走らせた。
いつも私達が通勤に使う駅とは正反対の方向に走り、細い路地でタクシーを止め路地の奥へ少し歩く。
そして咲季先輩に「ここよ」と言われたお店を見ると、そこは隠れ家的な雰囲気のレストラン・バーだった。

「すごくお洒落なお店ですね」

初めて来たお店だったので、スタッフに席まで案内される間、興味津々に店内を見渡した。
アンティークな置物が飾られ、程好く照明が落とされている。

「そうだよね、すごく大好きなお店でよく来ていたんだ」

懐かしそうに過去形で答える咲季先輩がなんだか気になった。

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