甘き死の花、愛しき絶望
 それは、昆虫の複眼だったのだ。

 まともな人間の……哺乳類の……虫以外の動物にあるような、目に瞳や虹彩の区別はなく。

 目に、びっしりと小さなレンズが張り付き、その一つ一つに、少年を罵倒する中年男の顔を写していた。

 それが、その場に居合わせ、少年の目を見た者すべての背中に冷や汗を流させた。

 気持ち悪い。

 触れたら、ぶじゅっと、汚い汁を吹きそうな眼球が、パンパンに膨らんで飛び出してみえる。

 あるはずの人間の瞳ではなく、虫の目は、容赦のない、生理的嫌悪を促した。

 その場にいた人々は、皆。

 叫びだしそうな声を何とか押さえ、零れ落ちそうなほど、自分の目を見開いた。

「こ、これは一体、どういう……」

 震える中年サラリーマンの声に、白髪の少年は、淡々と応えた。

「だから、僕は『虫』だと言ったんです。
 とりあえず、人間に擬態していますが、服の下はもっと虫っぽいですよ?
 様々な理由で服を脱がなければならず、今まで、十人ほど素顔と裸を見せましたが……全く無事な方は、たった一人で。
 他の九人は、その場で嘔吐したあげく、五人ほど、精神病院送りになりました。
 ココロが壊れなかった方も、毎晩悪夢を見るそうです。
 ……それでも、あなたは見たいですか? 僕の素顔を」

「……!」

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