君がいないと落ち着かない

ふと、前から来る女子が下を向いたまま止まった。千尋の足元が見えているのだろう。戸惑っているのか、体が強張っているようにも見えた。
「来ると思った」
何気なく発した言葉だった。彼女と話してみたく感じたのかもしれない。目の前にあるつむじに愛着が湧いてしまったのか、言った言葉に後悔を覚えた。サッと脇に避けたと思うと、すぐさま階段を上がり始めた。後ろの踊り場で4人が向きを代えて折り曲がって重なった階段を上って行く。目の前にいた彼女の顔がくっきりと見えた。下を見ているため、黒い前髪と横髪が伏せた大きな目しか見ることが出来なかった。
少しの間、ボーッと彼女のいた場所を見てから「可愛い」と口を滑らした。
「惚れたん?」
後ろにいた夏井が脇から千尋の横に来て声を掛けてきた。その声には笑いと興味深さを交えていた。「うるせー」と冷たくあしらうと、夏井は唇をすぼめて階段を下り始めた千尋に付いていくように進んだ。


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