君には聴こえる


拍手が消えていく。
現実に引き戻された人たちが、ぱらぱらも立ち去っていく。


観衆らを見送っていた男性の視線が、私に止まった。一度は素通りしたと思って油断していたのに。


恥ずかしくて目を逸らしたけど、時すでに遅く……


「今日初めて聴いてくださった方もいらっしゃるみたいですね、本当にありがとうございます」


男性の声は、明らかに私に向かって呼び掛けられたもの。往生際悪く振り返ってみたけれど、私の後ろには誰も居ない。


恐る恐る向き直ると、男性はにこりと笑った。


「ありがとうございます、お時間がある方は、もう一曲聴いてください」


男性が鍵盤に手を添えると、再び観衆の拍手が沸き上がる。流れてきたのは、さっきよりもスローな曲。


直接お礼を言われてしまった恥ずかしさと、懐かしさが胸の中で混在している。


だけど、そろそろ行かなければ。



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