楓 〜ひとつの恋の話〜【短】
どれくらいの時間が経ったのだろう。


そんな疑問を抱いて壁の振り子時計に視線を遣ると、22時を過ぎたところだった。


閉店時間はとっくに過ぎているというのに、カウンターの端に座っている男性客はそれを知らないのか、若(モ)しくは私が帰って来る前におじいちゃんが何か言ったのか、一向に帰る素振りを見せない。


「なぁに、大した事はないさ」


不意に独り言のように呟いたおじいちゃんは、とても優しい笑みを浮かべていた。


キョトンとする私を見つめたまま、更に瞳を細める。


「ちょっと、ひとつの恋が終わりを告げただけじゃないか」


“ちょっと”なんかじゃない。


“だけ”なんかじゃない。


「明日からはきっと、新しい恋に向かって歩き出せるさ」


そんな気持ちから反抗心が芽生えたけど、おじいちゃんがあまりにもあっけらかんと言い放つから、本当にそうなのかもしれないと思ってしまった。


「だから、大した事はないさ」


私の気持ちを知ってか知らずか、おじいちゃんはレコードを止めてフワリと微笑んだ。


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