楓 〜ひとつの恋の話〜【短】
再び左側に視線を戻したのは、本当に無意識だった。


男性客も同じだったのか、目が合った私達はお互いに微笑みを浮かべた。


「「メリークリスマス」」


自然と紡いだ言葉が重なり、思わず二人して目を小さく見開く。


その後で、お互いにプッと吹き出した。


とても悲しいクリスマス。


胸の奥はズキズキと痛むし、本当は今すぐにでも涙が溢れてしまいそうだった。


それなのに…


不思議と泣けなくて、それどころか自然と笑えていた自分に驚く。


もしかしたら、本当に“ちょっと”と“だけ”なのかもしれない。


「もしよかったら、もう一杯どうだい?ほら、楓も」


おじいちゃんは、丁寧に抽出したコーヒーを私と男性客に出し、「クリスマス特製ブレンドだ」と笑った。


冬の冷たい風を吸ったマフラーは、すっかり暖かくなっている。


いつかこのマフラーを見て、今日を懐かしむ日が来るのだろうか。


そんな事を考えながら、二杯目のブレンドコーヒーにもほんの少しだけ砂糖を入れ、カップにそっと口を付けた――…。


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