甘い恋の始め方
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「――理子?」

ぼんやりしていた理子の耳に悠也の声が聞こえてきて我に返る。

「あ……」

会社から近い、ミッドタウンにあるフレンチレストランで食事中だった。

「どうした? 疲れて具合が悪くなったじゃないか?」

悠也はワイングラスを置いてから、フォークとナイフを持ったままの理子の片方の手に手を重ねる。

「い、いいえ。ちょっとぼんやりしてしまっただけです」

「そのぼんやりが疲れている証拠だよ。今日は早めに帰ってゆっくり眠ったほうがいいね」

「え……」

早めに帰ってゆっくり眠ったほうがいいと言われ、理子は戸惑い、瞳が揺れる。

そんな理子の感情がわからない悠也は食事が終わると早々に立ち上がった。

「帰ろう」

理子の方へ回ってきた悠也に椅子を引かれて立ち上がる。

風邪も治ったとは言えないが、それほど疲れてもいない。理子がぼんやりしてしまったのは悠也の以前社内恋愛した女性がやけに気になるからだ。

店を出て少し歩き、タクシーを拾う広い背中を見つめる。グレーのシングルトレンチコートが良く似合う体躯。

(後姿を見ているだけなのに、自分の身体が疼くのは欲求不満のせいなの?)
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