ウェディング・チャイム
それから、地下鉄を利用して大通の会場まで移動したけれど、あまりにも凄い人ごみで、何度も甲賀先生とはぐれてしまいそうになった。
その度に、さっきの『どんどん甘えて欲しい』という言葉が頭の中をよぎる。
でも、小さい子のように手を繋いでもらう訳にもいかなくて、仕方なく甲賀先生のジャケットの裾をちょこっとだけ掴んで歩くことにした。
私のそんな仕草に気づいた甲賀先生は、満員の地下鉄の中でにっこりと笑って、耳元で囁いた。
「なんかそれ、すごく可愛いなぁ。甘えたいけど、表に出せないっていうその仕草がいいね」
そんな事を言われたら、余計に照れくさくなってしまい、裾をつかむ手に力が入った。
きっと、皺になっちゃうと思うけれど、これはもう謝らないんだから。
私に余計なことを意識させ続ける甲賀先生がいけないんだもの。
だって、子ども達の演舞の最中も、保護者に出会って挨拶をしている時も、人ごみの中、学校名の入った腕章を着けて歩いている時も、美味しい札幌ラーメンを食べている時も。
常に隣にいる甲賀先生へ、意識が向いてしまう。
そして、ラーメンを食べながら言われたのが……。
「こうやって学校の外にいる時は、先生って呼ばないで欲しい。それをされると、四六時中、教員でいなくちゃならないだろ?」
「え? そうです、か。……じゃあ、甲賀さん」
「……ま、それでよしとしておこうかな。とにかく外で会う時の約束、な」
また新たな約束が増えてしまったけれど、私はちゃんとそれを守れるのか、守り続けていても大丈夫なんだろうか、というかすかな不安が頭をよぎった。