【短編集】あいとしあわせを祈るうた




それは普段使っているラインではなく、
昔から変わらないメルアドに送られてきた。家族が出払った日曜日の朝。
2度目の洗濯を終え、芳しいエスプレッソに口をつけようとした時。

テーブルに置いたスマホは突然に、懐かしい名前を表示した。


[鳥越ヤマト]

単純な驚き。何年ぶりだろう?

最後に逢ったのは、陸が保育園の年長さんだったとき。

[プリンス死んじゃったね。ショック過ぎてこないだからプリンス聴きまくってる。周りで共感してくれる奴いなくて笑
喪失感ハンパないよ。麻衣子はどお?
迷惑だったら返信不要笑]


胸が熱くなる。ヤマトが口を尖らせ、拗ねるような目をするのが浮かぶ。

大人になってもヤマトは少年の時のまま、大して変わっていなかった。今はさすがにどうなんだろう。結婚したのかな?
一生しないと宣言してたけど。

思春期だった私とヤマトを繋いだのは、プリンスという名前の天才ミュージシャン。

奇抜なファッションとセクシーなダンスが売り物。アーティストでもある。私はプリンスの素晴らしいファルセットが大好きだった。
お気に入りは【1999】
ヤマトはよく、ギターがどうのシンセがどうの、とか言ってた。器用に英語っぽく口ずさんだりして。


すげぇよな、1人で幾つもの楽器やって、アルバムを作ったんだって。


自分自身もベースギターを抱え、ヤマトは顔をゆっくりと振ってみせた。
正直言って、私はプリンスよりヤマトのそんな仕草の方が好きだった。

同じ高校に進学、そして卒業して、ヤマトは地方の大学に進み、私は地元に残った。
しばらくは遠恋だった。
二ヶ月にいっぺんくらいは逢った。
それが次第に三ヶ月になり、四ヶ月になり…

それを終わらせたのは私。
苦しかった。返ってこないメール。
空回りの電話のコール。
わざとじゃないのは分かってるけど淋しかった。
私は目の前に現れた平凡な恋に飛び付いた。

中学の同窓会で再会したヤマトは、夫とは違う活力に満ち溢れた男だった。
空白なく交流していたかのように、私とヤマトの会話は弾んだ。

やがて白い部屋に【The Sign of the Times -サイン・オブ・ザ・タイムズ】が流れ、私達の肌は時を経て再び触れ合った。


ーー紫色の朝だ…

再会の朝。
ヤマトが掠れた声で言った。


ーーあの時とおんなじ。

あの時?


ーー昔、俺と麻衣子が初めてした時と。
麻衣子は疲れて寝てた。俺は眠れなくて、カーテンを開けて外を見てた。
朝焼けが紫だったんだ。綺麗だった。


私も起きてたよ。ヤマトがカーテン開けたからベッドから出れなかったの!


はは、そうだったんだ、わりぃ、とヤマトが白い歯を見せて笑った。


ーーほら、見てごらん。

紫色の朝。
影絵のような林。
起き出したばかりの小鳥たちのさえずり。
まだ1日は始まらない。
あともう少し、大丈夫。
まだ夢を見ていても。

でも、もう眠りにつけない…


それは、クレイジーなひととき。
記憶の片隅に隠して。
私たちはもう子供じゃない。
別れ際、私が俯くとヤマトは全てを察してくれて、もう追ってこなかった。
Thank you。


[久しぶり。元気?プリンスのことは私も本当に衝撃でした。まだ若いのにな。もったいないよね。またライブ行きたかったな]


むかし1度だけ、ライブ行ったよね。
アリーナだったかな?
奮発してS席にしたのに。プリンス、豆粒だったっけ。音、めっちゃ、ひどかった。そのあとラーメン食べてラブホ泊まったよね…


当たり障りのないメールに、すぐに反応があった。


[来月、プリンス好きが集まってビデオ観る会があるんだけど、麻衣子も良かったらどお?
場所は横浜だよ。]


スーパースターの訃報に思い出したかのように、その楽曲を探し始めたのは私も同じ。

だけど。

私はカレンダーを一瞥し、スマホの画面に指を滑らせる。


[ゴメン。1人で想い出に耽るよ]


幼かったけれど、長かった恋の、
そんな本当の終わり方。RIP


[END]











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