【完】『いつか、きっと』
保育所の門で待っているとブラウンがクーパーを運転してやって来た。

「どうも饗庭さん、初めまして」

降りてきたブラウンは腰の低いイギリス人である。

「こちらさんこそ、よろしゅお頼(たの)申します」

すっかり、みやこびとのような挨拶である。

クーパーで千本通を今出川通に折れ、上七軒の六叉路を清和院の方へ曲がると、英会話教室の看板が見えてきた。

「あれが私の教室です」

「これまたえらい古色蒼然やな」

まぁうちも京町家やけど、と翔一郎は笑わせた。

大正時代の理髪店をリノベーションしたという象牙色の三階建ての洋館で、一階が英会話の教室になっているらしく、オルガンの音色と讃美歌が聞こえてくる。

「うちから近いな」

通り名でいうと七本松笹屋町なので、一本で智恵光院通まで出られる。

「近所やったとはなあ」

みやこびとの都知らずとはよう言うたもんやで、と翔一郎は苦笑いを浮かべた。

「取り敢えず紅茶にしましょう」

ブラウンが案内したのは、三階のさらに上の屋上である。

「わぁ」

エマが歓声をあげた。

大北山の大文字山が見えるのである。

「こら絶景や」

毎年送り火が見られるというのは、なかなか京都でも今は少ない。

「うちかて今年マンション建って送り火見えんくなってもうたのに」

翔一郎はこぼした。

「取り敢えず紅茶を淹(い)れて来ます」

ブラウンは階段を降りた。

愛と薫子はジャックと木のデッキで遊んでいる。

「みなさんお待たせしました」

ブラウンが紅茶とクッキーを携えてきた。

「おぉきに」

ところで、と翔一郎は、

「よう作法がわかりしませんのや」

どないしましょ、と言った。

が。

愛だけはカップの取っ手を丁寧に回して飲んでいる。

「薫子ちゃんのお母さんはちゃんとした飲み方ご存知なんですね」

どうやら留学時代にニューヨークで身に付いたらしかった。

「センセ、こうですよ」

と愛の真似をすると上手く飲めた。

「こういう作法があるのは知らんかったなあ」

思わず翔一郎は感嘆の声をあげた。

些細なことだが、

(薫子ちゃんのお母さんは、英国式を少し分かっている)

そんなところがブラウンの印象には残ったらしい。


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