彼女の世界が変わらぬ理由

大学を辞めることを、十夜は誰にも話していなかった。

一人で考えて、悩んで決めたことだ。

あれほど必死に勉強して入った美大だが、いまの十夜にとっては重荷と苦痛にしかならない。

それを目の前の友人に言ったら、彼はどんな顔をするだろうか。

悪いことをしているつもりはない。

なのになぜか、罪悪感がこみ上げてくる。

黒縁のメガネをかけ直すフリをして、十夜は久米から視線をそらした。


「ああ。もうだいぶいいよ」

「そっかぁ、良かったな! で、どこ行こうとしてたの?」

「いや、別に…」

「あ! あのな、次の講義、すげー人が来るんだよ!」


久米は大きく腕を広げ、目を輝かせる。

この男は出会った頃からリアクションが大きい。


「なんとあの、飛田宗一郎!」

「…飛田? 油彩科に? あの人彫刻家じゃなかったっけ?」


ヨーロッパで活躍する、新進気鋭の若き彫刻家。

この大学の卒業生ということもあり、彼の名前は知っていた。

< 60 / 79 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop