jack of all trades ~珍奇なS悪魔の住処~【完】
真っ赤な林檎に口付けたような、表皮だけのキス。
その中身は、蕩けるような蜜が詰まっている。
詞のようなフレーズが浮かんできたあと、頭の中が真っ白になりかけたそのとき、お腹の辺りでゴソゴソと何かが動く気配を感じた。
(何!?)
唇を離すのが惜しくて気付かないふりをしていたが、余りにも違和感を感じたので、キスを解いて香さんに囁いた。
「あの・・・・・・香さん。お腹の辺りに何かいるような気がするんだけど・・・・・・」
至近距離なので、閉じていた目を開いた香さんが、妖艶な笑みを浮かべていることは、暗澹でも分かってしまった。
悪戯そうな目つきと唇の形で、自然と飾られた白い顔は、美しすぎてまともに見られなかった。
端整な唇がゆっくりと動いた。
「産まれたよ。僕たちのキスで産まれた。可愛い子」
香さんは、もぞもぞ動く得体のしれない物体をパーカーの前ポケットから取り出し、わたしの腹部にそっと預けた。
「きゃっ」
(なっ・・・・・・何!?)
わたしが驚いている間に、部屋の電気が煌々とつけられた。
眩しさに目を細めながら、お腹の方に視線をやると、なんとそこには欲しくてたまらまかったキンクマハムスターが、黒曜石のようなしっとり輝いた瞳で、わたしを見つめていた。
鼻は忙しなく動いているものの、瞳はしっかりとこちらに向けられていた。
オスかメスかは分からないが『ドウシテ、ボク、ココニイルノ?』とでも言いたげな、困惑した様子にみえた。
そう想像できて当たり前だ、だって、わたし自身が困惑している真っ最中なのだから。







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