雪の足跡《Berry's cafe版》
その日の夕飯はしょっぱい味がした。
翌朝、母に見送られて家を出た。夕方に上がる準決勝結果を見て、八木橋が決勝に残れなかったら連絡する、と母が言った。私は薬局に着くと開錠してブラインドを上げる。低かった冬の陽もだいぶ高くなった。すぐそこまで春が来ている。スキー場の雪もいずれは溶ける。無くなる。でもこの恋は消さない。仕事に打ち込む。きっと八木橋だって頑張ってる筈だから私も頑張ろうと思った。
夕刻になり定時で上がる。携帯に母からの連絡がないことを確認して車に乗った。高速道路に乗り、上越道から信越道に入る。
八木橋に出会えたのは偶然だった。あの板を雑誌で見なかったら、板もブーツもウェアも買うこともなかった。何となく手にしたスキー雑誌、父が亡くなってふさぎ込んでいた私が本屋で手に取ること自体、偶然だった。立ち読みでペラペラとめくる。国体の結果とか公認デモの滑り徹底研究とかなんとなく眺めていた。その中の2ページ見開きの大きな広告。そのスキー製造会社は創立100周年を記念してシリアルナンバー入りの板を発売すると大々的に広告を載せていた。青空をバックにエッジを切るスキーヤーの写真……。
「あ……」
ふと思い出した広告、もしかしたらあれは八木橋だったんじゃないか。すごく、ものすごく綺麗な写真だった。あの板を履けばあんなふうに滑れるかもしれないと思った。あれは広告だからと頭では理解していても、つい、注文した。欲しかった。あれが八木橋だとしたら、私はあの八木橋に魅入って板を注文したことになる。無意識に八木橋を求めていた私……。
そしてその後板とウェアを抱えて向かったゲレンデ。景色がいいと耳に挟んで何気なく向かったスキー場に八木橋は待ち構えるように、いた。