雪の足跡《Berry's cafe版》
カップに口をつける。淵に塗ったばかりのグロスがついて小さなラメが光る。これ以上落ちないようにそっと口づけてコーヒーを飲んだ。
「どこもかしこも雪か」
ゲレンデだもの当たり前じゃない、と八木橋を見た。でも八木橋が見ていたのは窓の向こうに広がる冬木立ではなく、私の指先だった。
「爪も雪。耳たぶも雪。帽子の模様も雪」
爪を見られて咄嗟に指を折った。化粧は直したけどネイルまではチェックしてなかった。無防備な爪。揺れて下がるピアスもちゃんと下を向いてるか思わず耳たぶに指をやる。
「どんだけナルシストだよ? アホ」
「ア……」
八木橋がニヤニヤと笑い出した。
「わ、悪い??」
「いや?、悪くないけど??」
肩を震わせて馬鹿にしたように見下す。
「雪が好きなんだもんっ」
「ユキか。スキー馬鹿のオヤジが付けそうな名前だし」
「父のこと悪く言わないでっ」
「どんだけファザコンだよ?」
突然、八木橋の目が鋭くなる。
「いい加減卒業しろよ? 27にもなってパパ、パパって」
「パパなんて言ってないわよ!」
「さっきから顔に書いてあるよ。パパは優しかったって」
「優しかったわよ、怒られたことなんてないもん!」
「なあんだ、ちっちゃい子供を教えるみたいに教えて欲しかったのか?」
八木橋は、ユキちゃんユキちゃん、ほらアンヨ~、ってか?、と再び馬鹿にしたように笑い出した。
「ムカつく!」
私はテーブルを両手で叩いていた。コーヒーが波を立ててカップから零れた。八木橋も立ち上がった。
「上等! 俺に喧嘩売ってるのか?」
「あーったり前じゃない!!」
「へえ、じゃあ悔しかったら俺について来いよ??」
「い、行くわよっ! 絶対抜かしてやるからっっ!」
辺りのお客さんはペアルックの痴話喧嘩にクスクスと笑っていた。でもそんなの気にする余裕もなく、私はコーヒーを一気飲みした。グロスが落ちたっていい。こんな奴に気を遣って化粧を直した私が馬鹿だった。八木橋も真似してコーヒーを飲み干して私を見ては笑う。