雪の足跡《Berry's cafe版》
 私は年末年始の休暇を利用して南東北のゲレンデに来ていた。4泊5日の一人旅。宿はスキー場併設のコンドミニアム。別に失恋して一人旅してる訳じゃなく。


「弁償っていっても領収書のやり取りとか面倒だし」


 5年勤めて契約社員からやっと正社員に登用になったご褒美に前々から来たかったスキー旅行。初めて手にしたボーナスで板もブーツもウェアも買った。有名ブランドの新作。

 なのに。初日につまずいてしまった。


「あのさ、スキースクールのレッスン受けないか?」
「スクール? レッスン?」
「個人レッスンで申し込みして俺を指名して。その後は別行動。そうすれば俺はただで給料もらえるってコトになるから」


 個人レッスンっていい金額な筈。カウンターに置いてあるパンフに手を伸ばす。一日8000円……。明示されたその金額とその人が手にしている携帯を見比べた。8000円なら携帯を買い替えるより断絶安い。それで許してもらえるなら。


「……はい」


 恐る恐る彼を見上げる。そう返事をするとその人の顔がちょっと緩んだ。


「示談成立」


 左胸の刺繍の下には透明ポケットがあって、社員証みたいのが差し込まれてた。八木橋……やぎはし。


「あ、俺、八木橋。午後の申し込みは12時まで。カウンターはあそこ。じゃ」


 そう言ってその男の人は席を立った。

 私は朝早く自宅を出た。渋滞はなく朝8時には着いてしまって、リフトの試運転が終わるとすぐに初滑りを楽しんだ。3シーズン振りのスキー、楽しくて休憩もせずに滑っていた。レストハウスのお昼時の混雑を避けて早めにランチ。一人だからテーブルじゃ悪いと思って窓側のカウンターに掛けた。そしたら水をこぼしてしまって今に至る。


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