雪の足跡《Berry's cafe版》
翌日。仕事に行く。正月の2日から出勤するのは私だけ。通用口から開錠してアラームを解除する。皆は正月休み。私は前倒しで休みをもらった。調剤薬局の事務。多分恵まれている方だと思う。個人の調剤薬局は門前病院に合わせて休みにを取るし、事務員も薬剤師さんも人数少ないから代役はいない。エアコンを掛けて窓口のパソコンを立ち上げる。フロアのブラインドを上げればきっと眩しい。低い冬の日差しに全面ガラス張りのフロアは縁側のひなたぼっこ状態になる。残念だけど今日は薬局自体は開けないから、誤解を招かぬようにブラインドは閉じたまま室内の蛍光灯をつけた。
契約社員を5年。薬剤師さんは入社時から正社員。中にはパートの薬剤師さんもいるけど、当然お給料も良かった。事務の私はパートでないだけマシだと思った。5年も続けないと正社員にしないのは会社が人件費を削るためと窓口に若いコを置きたいからだと噂もあって、27歳の私はお局に近い状況だった。私立の四大を出してもらって契約社員、両親には申し訳なく思った。でもやっと正社員になって胸を張って歩けるようになった。亡くなった父にも見せたかった。
一人だし患者さんも来ないしコーヒーを飲みながら仕事を進める。次の3連休もスキーに行こうか考える。職場の人を誘うか学生時代の友達を誘うか、場所はどこにしようか考えるけど、あのスキー場だけはやめようと思った。
携帯が鳴る。メール着信のメロディ。マウスを操作する手を止めて脇に置いた携帯を手にした。画面には知らないアドレス、件名は“あけましておめでとうございます”。そのタイトルに八木橋ではないのは分かった。自分にため息をつく。メールに何故八木橋の名を一番に思いつくのか。自分で八木橋の携帯をあの雪の中に投げ入れてしまったのに。