雪の足跡《Berry's cafe版》

 八木橋は私から離れてレジに向かった。ジャケットを掛けられた背中と手が熱くなる。さっきカゴを奪われたときに八木橋の指が触れた部分……。こんな風に八木橋の一挙手一投足に振り回されてるのは私の方だけなんだと思った。

 再びエレベーターに向かう。さっき触れた八木橋の指が上りボタンを押した。私はジャケットが滑り落ちないように襟元をぎゅっと掴んだ。そのジャケットの襟から男臭い匂いがした。


「誰にでも……」


 八木橋の匂い。


「誰にでもこんなことしてるの??」


 八木橋は答えなかった。エレベーターの到着する音が鳴る。扉が開き、乗る。


「元カノもこんな風に釣った訳?」
「……」
「それとも菜々子ちゃんみたいに小さい頃から手なずけて、食べ頃になって戴きます、みたいな??」
「……」


 八木橋は無言で階数ボタンを押した。扉が閉まる。


「なんとか言ったらどうなのよっ」
「……黙れよ」


 黙れと言われて黙れる訳もなく、私は八木橋に突っ掛かる。優しくするのは生徒を寝取った口止め料?、それとも今夜も一発お願いしますってこと?、ポケットにアレ忍ばせてるの?、と勝手に口が動く。それでも八木橋は何も言わなかった。小型犬が大型犬に威嚇するように片方だけが怯えて吠えるみたいに、私だけが動揺して喋る……。

 エレベーターは私をせき止めるように到着音を鳴らし、扉を開けた。

< 83 / 412 >

この作品をシェア

pagetop