婚カチュ。
「俺は、あのひとには逆らえないんですよ」
そう言った広瀬さんの表情に悲哀の色はなかった。
困ったような微笑に、むしろ深い愛情を感じてしまった。
唇を開いたけれど、言葉が出てこない。
彼を見ているのがつらくて、わたしは視線を逸らした。
とがった針金に心臓を貫かれたみたいに胸がきしむ。
「二ノ宮さんはあさって戸田さんとデートですね。彼、とても楽しみにされているようですよ」
「え、ええ」
かすれそうになる声をどうにか絞り出すと、広瀬さんは相談所で見せるような厳しい表情になった。
「大事なデートを控えてるくせに、なにこんなところで男漁りをしているのか、と最初は思ったんですが、まあお友達の付き添いということですので、今回は大目に見ましょう」
「なんで偉そうなんですか」
抗議すると、広瀬さんは少年のように笑った。
「僕はあなたのアドバイザーですから」
胸の奥で、心臓がねじれるように痛んだ。